さよならインドこんにちは中国。

まったくインドってヤツは最後までインドでした。出発前夜から激しい下痢で夜中何度もトイレに駆け込む程。結局朝には鏡の中にすっかり憔悴しきった自分が写っていました。

 

これがインド国内の鉄道移動だったらチケットなんて捨てても出発延期してもさほど懐も痛まないのですが飛行機となるとそうはいきません。ましてや今回乗るのは格安航空ではないエアライン。4万3000円も払ってます。

 

中身を出し切って「あと1時間位は出ない」というタイミングでデリー空港へ向かいます。

 

予約してあったタクシーもやっぱりインド時間で動いてる為約束の時間を50分も遅れてやってきましたがココは僕の方が上手。そういう事を見越して1時間早く言っておいたのでした。

こういう載せ方はあまりやりたくないのだけれど。
こういう載せ方はあまりやりたくないのだけれど。

土曜日の8時過ぎという事もあって市内はガラガラ。40分程で到着しました。着いて15分程で搭乗手続きが始まり、列に並んでいた時には係員の人がにこやか

「自転車ですかそれ?」

なんて言ってくれて、カウンターの前で重量計って

「超過料金はこれだけです」

なんて言ってくれるまではスムーズでした。その超過料金も予想外に安く7000円程。20kgオーバーなので厳密に計算するとその倍位はいきそうなのに。

「あ~安く済んでよかった」

なんて安堵していたのもつかの間。若い係員が隣のカウンターに居る上司に

「一応こんな感じでいいですか?」

と確認しにいったところ、いかにもインド人らしいしかめっ面のおっちゃんが出てきて

「自転車は16kgまでと決まっている」

などと言ってきました。僕の自転車はダンボール込みで25kg。しかも当然ながら人目を引くでかさ。

 

や、やばい。これでは載せてもらえない。必至に拙い英語で

「これで世界旅行をしている」のだとか「変わった形の自転車で重いのだ」

などと説明を試みるもおっちゃんは

「これはルールだ」

とそそくさと他の客との対応に移ってしまいました。

 

他の客の搭乗手続きが終わるまですっかり放置状態の僕。最初に応対してくれた若い男女の係員に既に料金支払っていてそのお金を返してくれていないのが唯一の希望の光。

 

そして最後の客が手続きを終えるとおっちゃんは何やらマニュアルらしい冊子を見ながらあれやこれやと確認しています。それを心配そうに見つめる若い係員たちと僕。

 

そして出ました、インド人特有のオーケーサイン。顔を横に傾ける様。それを見て若い係員達はようやく搭乗券を発券し、荷物を引き取ってくれました。

 

 

少しでも預け荷物を軽く、そして超過料金を安くしようと手荷物にパンパンに詰めたおかげで異常に重くなった機内持ち込みカバンを提げながら出国手続き済ませるともう既に搭乗ゲートは開いており、焦りながら飛行機へ。

 

そこで納得しました。

 

 

飛行機ちっちゃい。

 

通路を挟んで2席2席のまるでバスみたいなサイズ。搭乗人数80人程度、つまり観光バス2台分。これでは荷物重量も荷物室スペースも限りありますでしょうしあの責任者のおっちゃんがしぶるのもわかりました。

ブラジルメーカーのエンブラエルE190という飛行機。
ブラジルメーカーのエンブラエルE190という飛行機。

乗るやいなや搭乗ブリッジは切り離され、まずはカザフスタンへ向かってテイクオフ。見慣れた、いや見飽きた埃っぽくくすんだインドの大地の上を飛んでいるかと思っていたら、気づけば白い雪を頂いた山々の上を通り過ぎます。ヒマラヤ山脈です。

 

4時間ほどでカザフスタン・アルマトィ空港に到着。空港内には馴染みの無い旧ソ連製らしい飛行機がいくつも放置されてあったりしていかにも旧共産圏な感じです。空港ロビーの警備の警官も不恰好なほど帽子がデカイ、北朝鮮の軍人みたいな制服も旧共産圏っぽい。

 

 それでもカザフスタンは豊富な天然資源のおかげでわりと潤ってるらしいですし、中央アジアの中では随一の規模を誇るアスタナ空港のハブ空港という事もあり規模こそバンコク空港やシンガポール空港には足元にも及びませんが新しく清潔でちゃんと免税店も5~6軒あり

華やかな感じはします。個人的にはバカでかい空港よりこれ位の規模の方がやたら空港内を歩かせるとかが無いんで利用者にとってはいいなと思えました。

 

しかし大規模空港と違って搭乗待ちロビーにATMはなく8時間の乗継待ちまで水すら買えない。インドで最後のすかしっぺのような下痢に冒された腸は無常に何度も何度も水分を排出しますので飲まない訳にはいきません。そんな事したら脱水症状になってしまう。

 

「結構裕福な国だから」

 

という暗示をかけて水道水飲んでました。下痢で憔悴していたのもあったし、なによりベンチに肘掛が無いという事もあってベンチに横になってウトウトしてると気づいたら離陸30分前。搭乗ゲート既にオープン。重い体を引きづるように搭乗ゲートまで。

 

今回は搭乗ブリッジではなく、ちょっと離れた場所に駐機、いわゆる沖止めなのでバス移動。既にバスは満員で僕待ち状態。乗ったらすぐにぷしゅーっとドアが閉じてしまいました。

 

なんだか薄暗い照明にぼんやりと姿を晒す放置機としとしと降り続く雨、否応無く旧ソ連的な陰鬱な気分にさせられながら飛行機のそばまで。屋根も無いタラップを駆け上り今回はポピュラーなエアバスA320の機内の人に。

 

このままウルムチまでは850km。飛行機では1時間。この距離を自転車で再び12日間位かけて戻る自分のばかばかしい行動になんだか自虐的な喜びすら覚えます。

 

ウルムチは北京から東西2400kmも離れているんですが、中国は北京時刻だけの設定ですんで人間の感覚と時計とはずいぶんズレがあります。例えば日本とタイとが同じ時刻ってのと同じ。夜の8時になっても完全には真っ暗になってません。ですんで午前3時到着でしたが時計的には朝9時頃までぐっすりと空港ベンチで寝られました。

 

空港の中で組み立てているとインド程では無いもののやっぱり変わった乗り物は人目を引くようで空港警備の警官まで興味津々

 

 

組立時に大切な小さな部品が一つ無くなってる事に気づきましたが、短距離の走行には支障の無いものだったのでそのままウルムチ市内まで。

 

世界で一番内陸の都市って事ですがそれでも中国の国力はこんなところも大発達させていて郊外から30階建とかのマンションが林立しています。

 

市内に入ると無数に安宿はあるにはあるのですが、中国は相応の設備が整っている所しか外国人を泊まらせないという規則があるようでどこを当たっても宿泊拒否でした。中には警察には黙って泊めてくれるトコも無いではないのですがそこは経営者の気分次第。外国人がいつでも泊まれるのはユースホステル位です。

 

ユースでは基本的に6~10人程の大部屋ですが、外国人がよく来るだけあって受付では中国には珍しく英語が通じるのも利点の一つ。

 

さて、ここで2~3日インドの下痢で消耗しきった体力を回復させて中央アジア横断編、スタートです。


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