カラコラムハイウェイ~星空を走る道~

小刻みに揺れる中で、眠るでもなく目覚めるでもない状態から、まぶただけが緩慢と開く。体中の関節、特に首周りが重く鈍く痛い。他の事は何も考えずごくシンプルに

「今何時だろうか」

と左手首を目の前へともってくる。暗闇の中蛍光塗料の弱々しい光が短針と長針の位置を教えてくれた。短針は斜め右上の方、長針は下の方を向いている。

「1時半くらいか」

ボソッとと独り言をつぶやきながら、首を横へ向ける。

真っ暗の闇の中、空の方向にも、目線と同じ真横にも、さらに下の方にもまばゆく星が見える。まるで星空に包まれて浮いているようだった。

まだ意識が霧の中のよう、

私はいったいどこにいるんだろう・・・・・・



10月9日昼2時頃。絶え間なく出入りを繰り返すバスが砂埃を巻き上げる、ラワルピンディのバスターミナルに私は居た。目的のバスは2時発。二十数時間か かるというが、崖っぷちをへばりつくように進むカラコラムハイウェイの状況によって10時間も20時間も遅れるという。

「30時間かかった」

などはこのルートを行く旅人ではよく聞く話だ。

皆が思うように

「自分だけは大丈夫」

と考え、

「何とかなるだろう」

とわが身ながら無責任にも思うのもまた、皆と同じだ。

バスは2時半にのろのろと動きはじめた。いきなり交通渋滞に巻き込まれ、景気のいい出発とは言えないものの、とにかく目指すは北へ450キロ彼方、パキスタンの中で北部辺境地域といわれるところにあるフンザだ。

バス自体はそれなりに快適で、外が明るい内は流れる車窓風景を眺められたが、日が暮れると闇が視界を奪う。バスの心地良い振動により、と書きたい ところだったが、とても眠気を誘う振動とは言い難い跳ねっぷり。しかし肉体的疲れのせいで、まぶたは自然と閉じていくのであった・・・・・・









「ああ、今はバスの中だった」

とモヤモヤとした頭で分かるものの、星空に浮かんでいるように見える窓の外には現実感がまるでない。

しかし横や下に星空が見えるという現実離れした景色を夢心地で見ている内に、次第に取り戻す意識がそんな夢心地をゆっくりと奪っていった。

星々に見えたのは数キロ離れた向かいの不毛の谷の斜面に、雪解け水に依存し、しがみつく様に点在する小さな集落たちの明かりだった。

斜め上方に目を凝らすと、微かに山の稜線が見え、それを境目にもう少し輝きの弱い本当の星空が広がっている。

本当の事に気づいた瞬間はがっかりしなかったと言えば嘘になる。しかしそれでもやはり幻想的である事に間違いはなく、
まぶたが目を塞いでしまうまで、
眠気が意識を奪い去るまで、

私はKKH・カラコラムハイウェイという名の、星の上を走る道から見える情景を心に刻みつけていた。


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